J.Y.Parkってどんな人?プロフィールやヒット曲など、彼の凄さを徹底調査!

2020年11月5日
J.Y.Parkのプロフィールと凄さを徹底調査
「Nizi Project」で大人気となっているJ.Y.Parkさん。彼が一体どんな人か、皆さんは知っていますか?プロデューサー兼現役アーティストである彼のすごさを徹底調査しました!
                       

J.Y.Parkの凄さとは

 

日本の「ソニー・ミュージックエンタテインメント」と韓国の芸能事務所「JYPエンターテインメント」がタッグを組んで行った「Nizi Project」。

2019年の夏から日本やハワイなど全10か所でオーディションを開催し、日本人9人組のガールズグループ「NiziU(ニジュー)」が誕生しました。

この「Nizi Project」の模様は、日本の朝の情報番組「スッキリ」内でも放送され大人気に。

今では社会現象となっています。

「NiziU」の人気とともに大注目されているのが、JYPエンターテイメントの社長で、「NiziU」のプロデューサーであるJ.Y.Park

J.Y.Parkさんの、Nizi Projectの中での練習生たちへの温かい眼差しや励ましの言葉が素晴らしい、と言われているのです。

そこで今回は、そんなJ.Y.Parkさんがどんな人なのかを徹底的にご紹介したいと思います。

 

合わせて読みたい

 

J.Y.Parkのプロフィール

 

ここからは、J.Y.Parkのプロフィールをご紹介します。

 

名前:パク・ジニョン

別名義:J.Y. Park

ニックネーム:餅ゴリ

(韓国では「餅(トック)」と「ゴリラ」を合わせた「トッゴ」と呼ばれているため、日本では「餅ゴリ」と呼ばれています。)

誕生日:1972年1月13日

身長:182cm

血液型:AB型

出身:ソウル

学歴:延世大学校地質学科卒業、延世大学校大学院政治外交学科修士課程中退

趣味:バスケットボール、囲碁

特技:ピアノ演奏、ダンス

 

J.Y.Parkはどうやって歌手になった?

 

今では世界的なプロデューサーとなったJ.Y.Parkですが、どうやって歌手になったのでしょうか。

J.Y.Parkのこれまでを振り返ります。

 

音楽との出会い

 

J.Y.Parkさんは、父親の仕事の関係で小学校1年生の時にアメリカに渡り、約2年間ニューヨークで暮らしていました。

その際に、ブラックミュージックに初めて触れ音楽にのめり込んだそうです。

J.Y.Parkの音楽の基礎はこの時にできたのでしょうね。

 

桑田佳祐に影響を受ける

 

J.Y.Parkさんは高校生の頃、桑田佳祐さんの「KUWATA BAND」のスキップビートを聴き、衝撃を受けました。

アジア人でもブラックミュージックができるんだ!」と気づかされたそうです。

それから大学生になり、歌手となることを決意したのだとか。

 

歌手デビュー

 

J.Y.Parkは1992年に「パク・ジニョンと新世代」というグループのメインボーカルでデビューしました。

しかし、このグループは全く売れなかったそうです。

オーディションにも何度も落選しました。

そんな時、韓国で最もCDを売ったとされている歌手、キム・ゴンモのマネージャーと知り合い、バックダンサーを経験。

同時期に有名な作曲家であるキム・ヒョンソクと出会い、彼の家に住み込んで音楽の理論を学んだそうです。

その後、1994年にソロのR&B歌手として再びデビュー。

この時の衣装は、なんと、透け透けの黒いビキニのビニールパンツというもの。

「Nizi Project」の穏やかな J.Y.Parkからは想像できませんよね。

しかし、実はJ.Y.Parkはデビュー当時からセクシー路線で知られているのです。

彼のソロコンサートのシリーズ「ナップン(悪い)パーティ」は、内容がセクシー過ぎるため、“19禁”のチケットになっています。

歌手のJ.Y.Parkは、今の日本でのイメージとはギャップがありますね。

 

J.Y.Parkのヒット曲

 

・Who’s your mama?

NiziU のRIKUが「Nizi Project」でカバーしたことでも知られているこの曲。

ひたすら女子のスタイルを誉めまくる、という歌詞が韓国で物議を醸しましたが、大ヒットとなりJ.Y.Parkを代表する曲となっています。

 

・Don’t leave me

こちらが、セクシーな衣装も話題となったデビュー曲。

韓国では誰もがこの曲のイントロを知っていると言われています。

セクシーな衣装は、“規制だらけのテレビ局”に反抗するという意図があったとのこと。

今でこそ、韓国アイドルがセクシーなパフォーマンスをすることがありますが(時に問題になりますが)、この規制を打ち破ったのも、J.Y.Parkの功績かもしれませんね。

この「Don’t leave me」は、J.Y.Parkのライブではテッパン曲と言われています。

 

・YOU’RE THE ONE

この曲も「Nizi Project」でおなじみです。

MAKOがオーディションの課題曲に選んだのが、この「YOU’RE THE ONE」でした。

カッコいい正統派のR&Bの曲ですね。

 

合わせて読みたい

 

JYPを立ち上げるまで

 

歌手として数々のヒットを飛ばしているJ.Y.Parkですが、どうやってJYPエンターテイメントの社長になったのでしょうか。

 

1997年「テホン企画」を設立

 

1997年に所属事務所「デヨンAV(現ポイボス)」から独立し、「テホン企画」を設立しました。

これが後の「JYPエンターテイメント」となるのです。

「テホン企画」を設立したJ.Y.Parkが始めたのがプロデュース業。

これまでのJ.Y.Parkのキャリアや人脈を生かし、プロデューサーとしての手腕を発揮し始めました。

ここから、現在では「SMエンターテイメント」「YGエンターテイメント」と並ぶ、韓国3大事務所になる快進撃が始まるのです。

 

プロデュースしたアイドルたち

 

まず、韓国アイドルの第一世代と言われる「god」をプロデュース、国民的グループにまで成長させました。

その後、「ピ」や「Wonder Girls」など、国民的アイドルを続々排出。

この後は、名だたるスターが続々登場します。

まず、2008年デビューの2PM2AM

2PMは“野獣系アイドル”として、その当時のトレンドとなりました。

次はなんといっても「TWICE」。

彼女たちの世界的な人気が、JYPエンターテイメントを企業としてもさらに大きくさせました。

J.Y.Parkさんは、TWICEの曲の中で、「SIGNAL」や「What is Love?」「Feel Special」などを手掛けているんですよ。

そして、今大注目の「NiziU」。

こんなに続々と世界的なグループをプロデュースするJ.Y.Park、本当に凄いですよね!

今後も新たなグループの登場を示唆しているので、どんなグループが登場するのかワクワクします。

 

合わせて読みたい

 

J.Y.Parkの名言

 

「Nizi Project」内でのJ.Y.Parkの名言について、印象的なものをいくつかご紹介します。

 

必ず自分が最高だと思うべき」

「世の中で一番美しいのは新人の目」

「短所がないことより特別な長所がひとつあることの方がもっと大切」

「自分らしくありのままに」

「すべての人は特別」

「自分と戦って毎日勝てる人が夢を叶えられる」

「過程が結果を作り、態度が成果を生む」

「がんばった人とがんばらなかった人はすぐにわかる」

「真実、誠実、謙虚」

 

どれも、K-POPアイドルを目指す皆さんには響く言葉ばかりですよね。

JYPエンターテイメントの練習生を目指す方も、他の事務所の練習生を目指す方も、この言葉を胸に練習に励めば、夢に一歩近づけそうです。

これまでに世界で活躍するさまざまなアイドルを生み出し大成功しても、こうした言葉が自然に出てくるJ.Y.Parkって、凄いですよね。

 

合わせて読みたい

 

J.Y.Parkってやっぱりすごい!

 

J.Y.Parkさんのプロフィールや、JYPエンターテイメントをここまで成長させてきた道のりをご紹介しました。

J.Y.Parkさんは、世界的プロデューサーであると当時に、ヒット曲を数多く持つ現役のアーティストでもあります。

プロデューサーとアーティスト、両方の立場で長い間第一線で大活躍しているなんて、なかなかできることではありません。

だからこそ、多くの経験を積んだ彼にしか言えないさまざまな言葉が、今多くの人々の心を掴んでいるのでしょう。

いつまでもこうした、ピュアで前向きな、心から音楽が好き!ダンスが好き!と思えるアイドルになりたいですよね!